3月に入り、すっかり春めいてきた。

何気なく、天気が良かったので車で山の方にドライブにでかけた。

加治川右岸の県道から小戸集落の入口付近にさしかかったとき、前に見た覚えがない石造物が3基並んでいた。

川原石が並んでいたのでもしかしたら、中世板碑の可能性もあると思い車を路肩に寄せて、みてみることにした。

石祠の前に西からキリーク、中央がバン、東側にバンが彫られていた。蓮台部分がおしくも地中に半分ほど埋没し

詳細不明である。中央のバンの下の中房には○に点が彫られているのがわかる。埋没部分が詳細明らかになればさらに検討を加えて訂正もあるかもしれないが、概ねいずれも14世紀第2四半期頃のものか。

気になるのは、どこから持ってきたのか?興味が尽きない。
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中世板碑全景
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キリーク(西側)
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中央 バン
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東側 バン
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倉谷の大わらじ/佐渡市
佐渡の倉谷付近に来たとき、何やら大わらじが吊るしてある場所をみつけた。脇に説明板があり「昔から「はりきり」(春来)の行事で、正月に大きなわらじを作り、集落の両端に飾る風習があるという。あるとき、賊がこの集落に入ろうとすると、この大わらじを見て「こんなに大きなわらじを履く大男がいては、かなわない」と逃走したと言われている。疫病や悪人よけの一種の道祖神です。佐渡市教育委員会」とあった。他の場所でも大わらじが飾ってある場所が確認できた。

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倉谷の大わらじ
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中束のキンカ地蔵/関川村
関川村女川流域踏査の際、民家の地先の大きな石の前面に、地元で「キンカ地蔵」と呼ばれている平べったい小さな石があった。何か文字らしいものが彫ってあり、そのままでは判読不能である。写真を撮ると目がつぶれるという。今回、拓本を採られた人がいて、掲載させていただく。もし、この文字の意味や読み方などご存じの方がいらっしゃいましたら、御教授願います。
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